◆大学時代の経験
僕は、大学生の頃、大学を盛り上げることを主な目的としているサークルに入っていました。
で、サークル内での最上回生になったときに、活動の内容が毎年同じで、マンネリ化していた状況を打破したいと思って、みんなで新しい取り組みをやったりと、色々ハードではありましたが面白く活動をしていました。
そのサークルの中で、いくつかチームが別れており、僕の所属していたチームに、非常に手のかかる後輩が2名いました。チーム内に僕の同級生も何人かいましたので、同じくその後輩が育たないことに、悩んでいました。
そして結局、その後輩は特にめざましい成長を遂げることもなく、最上回生をバトンタッチすることになりました。
その時の経験から、僕は「人を変えることはできない」と思うようになりました。
自分を変えられるのは自分だけで、そもそも人が誰かを「変えよう」とするのはおこがましいことだ、と。
そもそも、その人は変わることを望んでいないかもしれない。
だいたい、自分自身を変えることすら難しいのに、人を変えることなんて、絶対に無理だ、と。
その考え方は、その考え方に至る別の考え方が、ベースにありました。
それは、「自分自身を変えることはできない」というものでした。
簡単に言うと、その当時、僕は自分に全く自信がありませんでした。
「自信のない自分を、自信のある自分に変えることすらできない。だから、人を変えることなんてできない」
そう思っていました。
そして、それはとても正しいことのように思えました。
でも、そこから何年も経って、紆余曲折あって、僕は少しは自分に自信が持てるようになりました。
何があったのか?
◆一つの言葉との出会い
ある一つの言葉との出会いが大きく運命を変えました。
「性格は変わらない。でも、行動は変えられる」
自分に自信が持てる持てないというのは、結局は「自分はどんな行動ができる人間なのか」というところに帰結すると思います。
自信が持てない人間が感じる「自分はダメな人間だ」という思い、その真意は、「自分はダメな行動しかできない人間だ」ということです。
そしてそれは「自分は人前で満足に思ったことを喋ることができない人間だ」だったりしますし、それは、根本的には「自分は人前で話すことを何も持っていない人間だ」という自分自身への失望感だったりします。
「性格は変わらない。でも、行動は変えられる」というこの言葉に出会って僕がやったことは、自分がしたいことを、面倒くさがらず、一つ一つやってみたことです。色々と、やってみたことです。色々と、やりたいことを全部やってみたことです。それだけです。本当にそれだけです。
そうして面倒くさくて何もやっていなかった人間が、多少面倒くさくてもやりたいことを少しずつ、ちゃんと行動できるようになると、やりたいことすらそんなになかったはずなのに、やりたいことが色々とできてきて、しかもそれをちゃんと実行できる人間に変わっていきました。そして、それに応じて、考え方が変わってきました。
「自分だけは、変えることができる」
それは、「他人を変えることはできないけれども、自分だけは変えることができる」という考え方でした。
そうなるまでに膨大な時間と試行錯誤が必要でしたが、一旦「自分は自分で変えていけるんだ」という考え方になってみると、色んな不幸や幸運が、自分原因論で起こっていることが理解できるようになってきました。
例えば、「幸せになりたい」という人がいれば、僕は、そうすればいいと思うんですよ。
「幸せになりたければ、幸せになればいい」
「デザイナーになりたければ、デザイナーになればいい」
「英語をマスターしたければ、英語をマスターすればいい」
さっさとゴールを決めて、やるべきことをやっていけばいいと思うんです。
「どうして自分は幸せになれないんだろう」ではなく、「何をすれば自分は幸せになれるだろうか」です。自分が何に幸福を感じ、何に不幸を感じるかを分析して、幸福をもたらす原因を増やし、不幸をもたらす原因を排除すればいいと思うんです。
もし、途中で挫折してしまうのであれば、本気じゃなかったってことです。
「目標を成し遂げるための苦労なんてしたくない」という気持ちの方が強いということです。当然、それでは何も達成できません。
あるいは、何かやりかたが間違っているのかもしれません。
挫折は、自分自身からの良心的な警告です。気持ち、もしくはやり方に問題ありということを教えてくれています。
◆人は、変えられるか?
で、そう思うようになって、既に何年かが経ちました。
その何年かの間に、かつて、あの大学時代に、自分にできることは他に何かなかったのか、というところに何回も考えが戻りました。
「本当に、他人(後輩)を変えることはできないのか?」
その当時のサークルの同級生とは今も友達ですので、時にはそういう話になることもあります。
その度に、「やっぱり人を変えることはできない。人は自分で自分を変えることしかできない」という答えが導き出されました。
それは、今でも変わっていません。
人が、人を直接的に変えることはできません。
それも仕方ないか、と、そう思ってきました。
ところが、まさにこの記事を書きながら、ある事に気付きました。(これは、当初思い描いていたこの記事の結論とは違います。元々この記事は、結論にふさわしい答えが一向に見つからなかったため、お蔵入りにする予定でした)
答えは、全く違うエリアにあったのです。
それは、「環境を変える」ということに近い結論です。
人は環境によって変わります。少し古い話ですが、日産にカルロス・ゴーンが社長としてやってきて、V字回復を成し遂げました。
それは、彼によって、職場環境が変わったからです。
もっと言うと、環境というより、システム(ルール)が変わったからです。
人は、誰か人によって変わることはないけれども、システム(ルール)に合わせて変わることはあるんです。
今までは「目立つような仕事ぶりを発揮する方が逆にマイナス評価」だったシステムが、「仕事ぶりを絶対評価でちゃんと見て待遇に繋げてもらえる」システムに変われば、当然、自分のメリットを考えて行動が変わります。
人は人を変えることはできないけれども、人はシステムを変えることができる。システムが変われば、人が変わる。
ただし、結局、この場合でも、変わろうとするのは自分自身であって、システム(ルール)変更にはその強制力がある、ということです。
そういう意味では、
「やっぱり人を変えることはできない。人は自分で自分を変えることしかできない」
その事実から、1ミリも離れることはできないのです。








