素晴らしい文章を見つけました。
http://practical-scheme.net/trans/hs-j.html
IT技術者であり、エッセイストであるポール・グレアム氏が、
「このエッセイは、ある高校の講演依頼を受けて準備したものである。その高校のお偉いさん方が反対して、結局私の講演はキャンセルされたのだが。」
という経緯で作成したテキストです。
原文は超超超長いですが、一読の価値あり。まずはリンクをクリックしてみるところから始めてみるとよろしいかと。
と、その前に、「刺さった部分」を以下、一部のみ引用します。
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<版権表示>
本和訳テキストの複製、変更、再配布は、この版権表示を残す限り、自由に行って結構です。
Copyright 2005 by Paul Graham
原文: http://www.paulgraham.com/hs.html
日本語訳:Shiro Kawai (shiro @ acm.org)
<版権表示終り>
大学生になったばかりのときには、大学のどの学部もだいたい似たように見える。教授たちはみんな手の届かない知性の壇上にいて、凡人には理解不能な論文を発表している。でもね、確かに難しい考えがいっぱい詰まっているせいで理解できないような論文もあるけれど、何か重要なことを言っているように見せかけるためにわざとわかりにくく書いてある論文だっていっぱいあるんだ。
こんなふうに言うと中傷に聞こえるかもしれないけれど、これは実験的に確かめられている。有名な『ソーシャル・テクスト』事件だ。ある物理学者が、人文科学者の論文には、知的に見えるだけの用語を連ねたでたらめにすぎないものがしばしばあると考えた。そこで彼はわざと知的に見えるだけの用語を連ねたでたらめ論文を書き、人文科学の学術誌に投稿したら、その論文が採択されたんだ。
一番良い防御は、常に難しい問題に取り組むようにすることだ。小説を書くことは難しい。小説を読むことは簡単だ。難しいということは、不安を感じるということだ。自分が作っているものが上手くいかないかもしれないとか、自分が勉強していることが理解出来ないんじゃないかという不安を感じていないなら、それは難しくない問題だ。ドキドキするスリルがなくちゃ。
ちょっと厳しすぎる見方じゃないかって思うかい。不安を感じなくちゃダメだなんて。そうだね。でもこれはそんなに悪いことじゃない。不安を乗り越えれば歓喜が待っている。金メダルを勝ち取った人の顔は幸福に満ちているだろう。どうしてそんなに幸福なのかわかるかい。安心したからさ。
幸福になる方法がこれしかないと言っているんじゃないよ。ただ、不安の中にも、そんなに悪くないものがあるって言いたいんだ。
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その時のぼくに、高校生と大人の違いは何かと聞いたなら、たぶん大人は生活のために稼がなくちゃならない、と答えていただろう。間違いだ。ほんとうの違いは、大人は自分自身に責任を持つということだ。生活費を稼ぐのはそのほんの小さな一部にすぎない。もっと大事なのは、自分自身に対して知的な責任を取ることだ。
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最近、ウェイター募集の広告で「サービスに対する熱意」を持った人を求めている、というのを見た。本物の熱意は、ウェイターくらいじゃおさまらないものだ。それに熱意という単語も良くない。むしろそれは好奇心と呼ぶのがいい。
子供は好奇心旺盛だ。ただ、ぼくがここで言っている好奇心は子供のとはちょっと違う。子供の好奇心は広くて浅い。ランダムに色々なことについて「どうして?」と尋ねる。多くの人は、大人になるまでにこの好奇心が全部渇いてしまう。これは仕方無いことだ。だって何についても「なぜ?」と尋ねていたら何もできないからね。でも野心を持つ大人は、好奇心は全部渇いてしまうのではなく、狭く深くなってゆくんだ。(中略)
好奇心を持っていると、努力が遊びになる。アインシュタインにとっては、相対性理論は試験のために勉強しなくちゃならない難しい式の詰まった本ではなかったはずだ。それは解き明かしたい神秘に見えていただろう。だからたぶん、彼にとって相対性理論を見出すことは、今の学生が授業でそれを学ぶことほど、努力とは感じられなかったんじゃないかな。
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大人と高校生の唯一の違いは、大人はものを成し遂げる必要があることを知っていて、高校生はそうでないということだ。多くの人々は、それをだいたい23歳くらいの時に知る。でも、こっそりいまから始めることを、ぼくは君達に勧めたい。さあ、始めよう。そうすれば、君達は史上初めて、高校の時に時間を無駄にしなかったと言える世代になるかもしれない。
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↓もういちど原文訳
http://practical-scheme.net/trans/hs-j.html
以上