僕が書いているブログを読んで頂くと、かなり本を読んでいるという印象を持たれるようです。
本を読むのはいいことだと良く言われますから、それをできているのは悪いことではないと思います。でも僕は、決して「本を読むのがいいこと」だから読んでいるわけではありません。
ただ、本を読むのが純粋に楽しいから読んでいるだけなんです。
例えば他の人がゲームをしたりテレビを見たりギャンブルをしている時間を、僕は本を読むことに費やしていることになります。それは、ゲームやテレビやギャンブルよりも、読書が楽しいと思ってるからそうするんです。ただ僕は、より面白いことを、選択しているだけなんです。
だから、本を読んでいて、その本が楽しくなかったり、何も得ることがないと思えば、読むのをやめてしまいます。「積ん読」状態になっている本がいくつもあります。逆に、何回でも読めてしまう面白い本は、読むたびに新しい発見を与えてくれます。
そうして僕は、家の本棚に「楽しさ」を貯蔵しているのです。
でも確かに、そうなるまでには思考回路の変遷がありました。昔はもっとゲームをやっていましたし、テレビを見ている時間も多かったです。バラエティ番組が面白くて仕方がないとずっと思っていた何年もの期間がありました。今だにダウンタウンとかお笑いは大好きです。M-1は必ず見ますし、アメトークは毎週チェックしています。それでも、テレビを見る絶対時間は確実に減りました。
それは、「そこから何が得られるか」を厳選するようにしたということに尽きると思います。
例えばバラエティ番組よりも「世界一受けたい授業」、ニュース番組より「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」「プロフェッショナル 仕事の流儀」の方が密度が濃いと僕は思っています。「アメトーク」は回にもよりますが非常に密度の濃い笑いを提供してくれていると思うので、見続けています。
で、なにかをやめること以外にも、得られるものを増やすために、スポーツや友達とのアウトドアや登山が増えました。より難しい仕事を求めるようになりました。
楽しさレベルを、上げていけているように感じています。
ところで「何か知識を得ること」=「楽しい」なのでしょうか? スポーツやアウトドアはやること自体がそもそも楽しいのですが、例えば読書が苦痛だという人や、ビジネス番組を見ることが苦痛だという人が、たとえどんなにためになったとしても「楽しい」まで行き着くんでしょうか?
その前に、僕もそうですが実はワンクッションあるんだと思いますね。多分。
「何か知識を得ること」=「成長する」=「楽しい」
なんじゃないでしょうか。分かんないですけど。
でも、「成長」って楽しさに直結しますよね。RPGゲームで、主人公のレベルが上がって強くなって、今まで倒せなかったモンスターを倒せるようになるのはすごく楽しいですよね?
そのためには、「成長するためには、何を得る必要があるかを選ぶ」という、ゴールからの逆算が必要なんでしょうけども。
結局人間、無理をして何かをするということは、続かないんですよ。
意志の力だけで何か目標に向かって努力することを決めても、人間絶対にできないんです。
やっぱり、「楽しさ」がないと。そして、楽しさを支える「成長」がないと。
で、心底「楽しい」になれば、人間、勝手にやるんですよ。
だれかに止められても、それを振り切って、やるんですよ。
だから、努力をしたければ、努力を努力と思わないところまで、自分を持ってくればいいんです。そしたら、あとは自分が勝手に動くようになります。
努力を「自動化」すればいいんです。